石原 延弐段

   特別インタビュー

2003年1月

【@2002年をふりかえって】

−第8回世界大会出場決定、おめでとうございます。昨年、2002年は石原選手復活の年でしたが、昨年を振り返って、いかがでしたか?

石原  復活した大会が第一回福岡国際大会ということで、いつもは行われない大会ですよね。自分としてはウエイト制で復帰しようと思っていたのですが、たまたま出場の話をいただいて、これも何かのご縁だと思って参加しました。結果として優勝できました。秋の全日本大会も優勝しようと思っていましたけど4位という結果になってしまいました。満足はしていませんが、ただ世界大会出場権を獲得できたので、とりあえず2003年にはつながりました。

【A福岡国際について】

−2002年4月21日に行われた第一回福岡国際空手道選手権大会ですが、どのようなきっかけで出場されたのですか?

石原  緑代表から「全国の強豪をピックアップして大きな大会を開くことになった。ワールドカップで活躍したオレクシー選手やビタリー選手も出場するから出てみないか」というお話をいただきまして、先ほども言いましたように、ウエイト制に出場するつもりでしたが、福岡国際大会一本に絞って出場を決意しました。

−この時のコンディションはいかがでしたか?

石原  練習もやれることはやったつもりでしたし、コンディションは良かったです。ブランクについても、動きの良し悪しは別として、周りから心配されたほどは感じませんでした。

−他の全日本で活躍されていた堀池選手や、第二回ワールドカップ準優勝のビタリー選手など、並居る強豪との対戦が実現しました。

石原  一回勝ったら堀池選手でした。堀池選手は自分が若い頃から活躍していた選手でしたし、ビタリー選手も強い。最初にトーナメント表を見たときは、正直きついブロックだな、と感じました。でも自分はきついトーナメントの方が、逆に成績が良かったので、プラス思考で考えました。

−石原さんが全日本の舞台から遠ざかっていた2001年にブレークした群馬高崎道場の塚越孝行選手、佐藤隆孝選手を破っての優勝でしたが やはりこの2人は意識されましたか?

石原  もちろん意識はしていました。してはいましたけど、全日本選手としては自分のほうが先輩なので、負けられないと思っていましたし、また負けるようでは復活とは言えないと思っていました。


緑代表から祝福される石原選手(2002年4月21日:福岡国際大会優勝)

−この時は広島から約100名の応援団が駆けつけました。また、奥様と長女凛々(りり)ちゃんも会場で応援されていました。

石原  みんな、朝早くからバスできてくれて、すごく心強かったですね。それに自分は広島の道場生の前で、生で戦っている姿を見せたことがなかったし、これは凛々も含めてですが、目の前で勝つ姿を見せることが出来て良かったと思います。

−福岡国際大会での反省点はありましたか?

石原  いっぱいありますが、一番は基礎体力の面でした。これは圧力とかパワーとかといったものじゃあなく、もっと体幹の部分というか、軸の安定といった意味での基礎体力ですね。あと、技術的な面では技を上下に散らすということが出来なかったですね。

【B三瓶道場出稽古について】

−昨年は福島支部に出稽古にいかれました。福島支部といえば極真史上初の全日本三連覇(第12回〜14回全日本)という金字塔を打ちたてた三瓶啓二師範ですが、いかがでしたか?

石原  自分にとって三瓶啓二という方はすごい人なんですよ。子供の頃からテレビや雑誌、本等であこがれてきた、あの三瓶師範と一緒に稽古をさせていただいたり、食事をしたり、夜遅くまで空手談義が出来たりで、すごく楽しかったですね。

−空手観は変わりました?

石原  ...うん、変わりましたね。空手の可能性が見えてきたというか。これまで選手としてやってきて、選手をやめたその先を見ていなっかた部分があったんですが、三瓶師範とお話することで、その先にある、もっと武道的な強さの可能性というものを発見できました。

−三瓶師範からどのようなアドバイスをいただきました?

石原  組手のこととか、技術的なこととかはなかったですね。そんなものではなくて、基本稽古や立ち方の意味、そして型の意味といったことを教えていただきました。

【C全日本について】

−そして11月23・24日に東京体育館で開催された第34回全日本空手道選手権大会ですが、久々の全日本ということで、いかがでした?

石原  そうですね。2年ぶりということで、全日本という大会は福岡国際大会とかとは違う緊張感がありました。

−3回戦、4回戦で大阪北の西村洋庸選手、城南川崎の入来卓也選手と、台頭する若手との対戦でしたが。

石原  絶対に負けられなかったですね。完全に決着をつけてやるつもりでした。倒すつもりでした。結果的に一本は取れませんでしたが、必ず効かして勝とうと思っていました。

−その2人を一蹴して、準々決勝は福岡国際大会の決勝で対戦した佐藤隆孝選手でした。半年を経て、佐藤選手の印象は変わりましたか?

石原  福岡のときは右の下段でいけたんですが、今回はそうはさせてもらえませんでした。ただ、それはわかっていたので、左の攻撃たとえば左のローやミドル、膝でふって右のローにつなげるつもりでした。


34回全日本空手道選手権大会準決勝 佐藤隆孝戦

−そして準決勝の相手は第32回、33回全日本チャンピオンの鈴木国博選手です。三度目の対戦でしたが、戦ってみていかがでした?

石原  あの時はあれで精一杯でしたけど、今思えば、勝ちに行く組手ではなく、負けない組手になってしまった。また、そうさせられてしまいました。

−コントロールされてしまったという意味ですか?

石原  コントロール...。そうですね。もちろん勝ちにいくつもりでしたけど、攻めたら合わされる、打たれないで打とうとすると、間合いを外される。そうしていくうちにどんどん時間が経過する。試割りでは自分のほうが負けていたので、手数で勝とうと焦って攻撃すると、汗は吹き出てくるし、息が上がっているようにもみえる。そんな感じでした。まだまだ差があるなと。

−判定は延長2回3−0と、かなりの接戦でしたが、過去二度の対戦と比べて、かなり手ごたえがあったのでは?

石原  もちろん手ごたえはありました。でも勝つつもりだったので、負けは全て一緒です。今回は基礎体力やスタミナをメインにして、空手で勝とうという意識が薄かったですね。コンビネーションや間合いの取り方がちょっと足りなかったです。間合いをとって離れて攻撃するとかですね。相手が打ってきたら、自分も打ち返していました。ただ、内容的には、自分の中では一定の評価はしています。

−それでも見事4位入賞、そして第8回世界大会へのキップを手に入れました。ところで、今大会での最大の話題のひとつであった塚本徳臣選手の復活はいかがでした?

石原  結果的には準優勝でしたが、完全復活といっていいと思います。この2年間の稽古の成果が随所ででていました。

−石原さんは第30回全日本で、当時破竹の勢いで連勝中の塚本選手を下していますが。

石原  あのころとは塚本先輩も違うし、自分も違う。だから決勝であたりたかったですね。今の自分と今の塚本先輩ではどんな試合になったんだろうと。客観的に考えても、すごく興味があります。

−当時の石原さんは勢いで戦っていた感がありますが、現在の組手を見ていると、的確な技で勝っている感じですね。

石原  そうですね。第30回当時の動きをしろと言われても、今は出来ませんね。体重も増えたし。でもあのころの戦い方では、結果的に勝った試合でも、延長にはいったらどう転んでいたか分らない試合が多かったように思います。今はどっしりと構えて戦うことを意識しています。強さと言う意味では、今のほうが絶対に強いと思います。練習を続けているのに「あのころの方が強かった」なんて絶対いやですよね。国博先輩もそうですし、塚本先輩もそうですけど、みんなどんどん質的に高めていっている。同じ練習をしていては絶対に勝てないですよね。

−第30全日本当時と現在では全日本、全世界に臨む心境はやはり違いますか?

石原  あのころは世界大会に出られる嬉しさが半分と、「自分なんかが出ていいのかな」って言う気持ちが半分でしたね。もちろん、負けたくはないのですが、気持ちのどこかで「外国人を上に勝ち上がらせない、日本人とあたるまで」という気持ちがありました。今は絶対に優勝したいですね。例えば、日本人が自分1人になっても勝ってやる、というような精神力が必要だと思います。前回、第7回世界大会での岡本徹先輩(=第7回世界大会優勝)のように、例え日本人が誰もいなくなって、決勝の相手が外国人であっても、臆さないで戦える精神力を持ちたいですね。

【D2003年を迎えて】

−そして今年、まずは1月19日、次女 瑚々(ここ)ちゃんが誕生されました。石原さんにとって人生最大の勝負の年に、幸先の良いスタートがきれたとおもいますが。

石原  やっぱり励みになりますね。朝も長女を保育園に送っていったりとか、以前より忙しくなって大変ですけど、その方が稽古にも身が入ります。緑先生も、世界大会の年に第二子が誕生していますし。そういった意味で充実しています。

−現在はどのような稽古をされていますか?

石原  以前のように本部で朝練とかはやっていません。最近、ウエイトを教えてくれる人に出会って、週3〜4回、朝2時間ほど指導してもらっています。後は、毎日指導前に自分の練習をするような感じですね。特に、今まで専門家に見てもらうと言うことがなかったので、新鮮です。テストをして数値を出して、欠点をみつける。そしてメニューを作ってもらい、練習する。そして、またテストをして欠点をみつけ、新しいメニューに取り組む、というような感じです。

−10月の世界大会が今から楽しみです。では最後に、現在稽古を続けている道場生たちに、アドバイスをいただけますか。

石原  道場生の人たちはみんな空手が好きでやってると思います。空手っていうのは、他にいろいろスポーツがあるなかで、一番可能性のあるものだと思います。もしくは個性が生かせるものだと思います。汗を流した分だけ、誰でも強くなります。逆に才能があっても、稽古しないと絶対に強くなれない。誰でも欠点はあると思います。体がかたいとか、背が小さいとか。でも、練習をすれば必ず強くなれますから、頑張って稽古してください。押忍。

−ありがとうございました。世界大会、がんばってください。


福岡国際大会で長女 凛々(りり)ちゃんと

2003年1月28日 聞き手:本部指導員 古本顕寛

広島支部から出場した石原 延選手は惜しくも3回戦、スペインのフランシスコ・ホセ・カルペナ選手に試割り判定で敗れましたが、健闘したことをご報告いたします。押忍。